推し活は、心の健康につながる?― 「好き」が日常にもたらす小さな変化

好きなものがあることは、日常に小さな変化をもたらします。

次のライブを楽しみに仕事を頑張れたり、試合の日を待ちながら一週間を過ごしたり。そうした時間は、単なる「娯楽」以上の意味を持つことがあります。近年では、こうした没頭体験が、心の充実や社会とのつながりとどのように関わるのかにも関心が集まっています。

推し活って、実際に心にどんな変化をもたらすの?

推し活が心に与える影響は、一つではありません。気持ちが前向きになったり、明日への楽しみが生まれたり、誰かとのつながりを感じられたり――「なんとなく元気が出る」という感覚の背景には、いくつもの要素が重なっている可能性があります。

「楽しい」だけじゃない——推し活が生み出す感情の循環

推し活の魅力は、推しを見ている瞬間の楽しさだけではありません。新曲や新情報の発表を待ったり、試合の日程を確認したり、ライブ当日を心待ちにしたり。そんな“楽しみを待つ時間”そのものにも、大きな価値があります。

人は、楽しい出来事そのものだけでなく、「これから楽しみなことがある」と感じている時間にも、前向きな気持ちや意欲が生まれることがあります。(Schultz W. 1998.)

「来週のライブまで頑張ろう」
「次の試合があるから今週を乗り切ろう」

こうした感覚は、日々を支える小さな原動力になりうるものです。推し活は、「楽しい瞬間」だけでなく、「楽しみを待つ時間」も含めて、日常に前向きなリズムを生み出しているのかもしれません。

スポーツ観戦も推し活のひとつ——「応援する」行為が持つ意味

推し活は、アイドルやアーティストに限りません。スポーツ観戦も、広い意味では「推し活」のひとつです。チームや選手を応援するとき、多くの人は「ただ見ている」以上の感覚を持っています。勝てば自分のことのようにうれしく、負ければ悔しい。好プレーに心が動き、思わず声が出ることもあるでしょう。

こうした応援体験は、ときに人と人とのつながりを生み出します。スタジアムで知らない人と一緒に歓声を上げたり、SNSで試合の感想を共有したり、同じチームを応援する仲間と語り合ったり――そうした関わりの中で、「自分は一人ではない」と感じることがあります。

人とのつながりや社会的なつながりは、心身の健康と関連することが報告されています。(Holt-Lunstad et al., 2010)こういったつながりもまた、ウェルビーイングを支える大切な要素のひとつなのかもしれません。

「こんなに夢中でいいのかな」——推し活に罪悪感を抱く理由

一方で、推し活にポジティブな感情だけを抱けない方もいるかもしれません。

「大人なのに夢中になりすぎかも」
「お金を使いすぎている気がする」
「時間を無駄にしているのでは」

そんな罪悪感を抱くこともあるでしょう。けれど、その感情は必ずしも「推し活が悪い」という意味ではありません。

罪悪感はどこから来るの?

推し活への罪悪感の背景には、社会的な価値観が影響している場合があります。私たちは日常の中で、「時間は有効活用すべき」「趣味より生産性が大事」「お金は将来のために使うべき」といった考え方に触れる機会が少なくありません。そのため、純粋に楽しむことに対して、無意識に後ろめたさを感じてしまうことがあります。

けれど、人が健やかに生きるうえで必要なのは、生産性だけではありません。休息、喜び、楽しみ、つながり。そうした、一見すると“非生産的”に見える時間が、心を支えていることもあります。

「健全な熱中」と「無理な熱中」の境界線

推し活を長く楽しむうえで大切なのは、生活の土台が保たれているかどうかです。睡眠が大きく削られていないか。食事がおろそかになっていないか。生活費を圧迫していないか。人間関係に大きな影響が出ていないか。こうした基本が保たれているなら、推し活は「健全な熱中」と考えやすいでしょう。

実際、心理学の分野でも、「熱中のしかた」には違いがあると考えられています。ロバート・J・ヴァレランド教授らが提唱した「情熱の二元モデル」では、人の情熱を「調和的情熱」と「強迫的情熱」の2つに分類しています。

  • 調和的情熱: 生活のバランスが取れており、やめようと思えばコントロールできる健康な熱中。
  • 強迫的情熱: 「やらないと置いていかれる」「他人に負けたくない」という義務感や焦燥感に駆られ、生活を壊してもやめられない依存に近い熱中。

もし『追わなきゃいけない』という義務感に苦しんでいるなら、それは一度立ち止まるサインかもしれません。

推し活は心を整える時間になることもある

推し活に使った時間やお金を、「無駄だった」と感じてしまうこともあるかもしれません。けれど視点を変えると、それは心を回復させるための時間とも捉えられます。好きなことに没頭したあと、少し気持ちが軽くなったり、「また頑張ろう」と思えたり、誰かとのつながりを感じられたりした経験があるなら、その時間には、あなたにとっての意味があったのかもしれません。

好きなものに向き合う時間は、単なる消費ではなく、自分自身を整えるための大切な営みになりうるのです。

参考文献:
・Schultz, W. (1998). Predictive reward signal of dopamine neurons. Journal of Neurophysiology.
・Holt-Lunstad, J., Smith, T. B., & Layton, J. B. (2010). Social Relationships and Mortality Risk: A Meta-analytic Review. PLoS Medicine.
・Vallerand, R. J., et al. (2003). Les passions de l’âme: On obsessive and harmonious passion. Journal of Personality and Social Psychology.

※掲載されている内容に関する情報は、記事の掲載日現在の情報です。
その後、予告なしに変更となる場合がございます事をあらかじめご了承ください。