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情けは人のためならずを科学する ― 「利他的行動」がもたらす健康と長寿のメカニズム

皆さんは、「情けは人のためならず」という言葉の本来の意味をご存じでしょうか。
「人に情けをかけることは、その人のためにならない」という意味だと誤解されることもありますが、正しくは「人に親切にすれば、巡り巡って自分にも良い報いがある」という教えです。古くから語り継がれてきたこの言葉は、単なる道徳的な教訓ではありません。

現代の脳科学や免疫学の研究でも、他者の幸福を願い行動する「利他的行動(Altruistic behavior)」が、結果として自分自身の心身の健康や長寿を支える重要な要素であることが明らかになってきています。本コラムでは、最新の調査データや科学的知見をもとに、社会的ウェルビーイングの核心ともいえる「利他性」がもたらす恩恵を紐解いていきます。

2025年、理想の社会人像は「助ける人」へ

他者を支える姿勢は、現代社会においてますます重要な価値として認識されています。
ALL DIFFERENT株式会社が発表した「2025年度 新入社員意識調査」(2025)では、理想の社会人像として「助ける人(周囲の気持ちに寄り添い、支援を惜しまない人)」と回答した割合が31.9%に達し、第1位となりました。

この「助ける」という行為の価値は、医療・介護の最前線で働く人々においても顕著です。株式会社パーソル総合研究所による「医療従事者の職業生活に関する定量調査」(2025)では、医療従事者のウェルビーイングを高める重要な要因として、

  • 自身の働きが周囲の役に立っているという「他者貢献の実感」
  • 自らの役割に意義を見出す「役割認識」

が挙げられています。

つまり、「誰かのために行動している」という実感そのものが、働く人の幸福感を支える基盤となっているのです。

科学が解明した「利他」の生物学的メリット

利他的な行動が健康に寄与する理由は、私たちの身体の内部、すなわち遺伝子レベルの反応にも関係しています。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のバーバラ・フレドリクソン教授らが『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』(2013)に発表した研究では、幸福の種類と遺伝子発現の関係が分析されました。その結果、快楽中心の幸福感に比べ、他者への貢献や社会的意義に基づく「エウダイモニック・ウェルビーイング(意味や価値に基づく幸福)」を強く感じている人は、慢性炎症に関連する遺伝子の活性が低く、ウイルスへの免疫反応に関わる遺伝子の活性が高いことが確認されました。

さらに、ニューヨーク州立大学バッファロー校のマイケル・ポーリン博士らが『American Journal of Public Health』で発表した調査(2013)によれば、大きなストレスに直面しても、周囲に具体的な手助けを行っていた人々は、そうでない人々に比べて死亡リスクが著しく低い、つまり生存率が高いことが報告されています 。

海外の調査だけではなく、日本国内の高齢者を対象とした大規模調査(JAGES)(2022)においても、「生きがい」を持つことが将来の健康維持に直結することが証明されています。具体的には、社会参加や他者への貢献を通じて「生きがい」を強く感じている人は、そうでない人に比べて3年後の認知症発症リスクが0.64倍にまで低下するという驚くべき結果が示されました。 誰かの力になろうとする意志は、私たち自身の生命力を支え、認知機能の衰えすらも遠ざける「最強の健康投資」なのです。

脳内で起こる「ヘルパーズ・ハイ」の正体

 他者を助けた後に感じる温かな幸福感は「ヘルパーズ・ハイ」と呼ばれます。このとき脳内では、エンドルフィンや内因性カンナビノイドといった物質が分泌され、運動後の快感にも似た深いリラックス効果をもたらします。ブリティッシュ・コロンビア大学の研究(2014)では、わずか2歳未満の子供であっても、自分がおやつをもらうより他者にあげる時の方が大きな幸せを感じることが示されました。人を支えたい、役に立ちたいという感覚は、社会的に学習されたものだけでなく、人間に本来備わっている「幸福の源泉」であるのではないでしょうか。

今日から始まる、ウェルビーイングの連鎖

誰かを想い、行動すること。その一歩は、決して特別なものではなく、日常の中に静かに存在しています。

感謝を伝えること。
誰かの存在を認めること。
そっと支えること。

その行動は、相手の心を支えると同時に、自分自身の脳や身体にも確かな変化をもたらします。「情けは人のためならず」。その言葉は、支え合うことが、自分自身をも支える力になるという真実を伝えているのではないでしょうか。今日の小さな一歩が、あなた自身のウェルビーイングを育てる始まりになるかもしれません。「誰かを想い、行動する」その小さな一歩を、今日から始めてみませんか。

参考文献
ALL DIFFERENT株式会社 「2025年度 新入社員意識調査」 ,2025年4月1日公開 (最終閲覧日:2026年2月9日)
パーソル総合研究所 「医療従事者のウェルビーイングから見直す職場マネジメント」
,2025年11月26日公開
(最終閲覧日:2026年2月9日)
奥園 桜子, 生きがいを持つと認知症リスクが0.69倍、幸福感が0.4ポイント増加する, 2022 年 5月発行,日本老年学的評価研究(JAGES)
LIFEPLUS ,「利他主義と幸福感」 ,2024年1月9日公開 (最終閲覧日:2026年2月9日)

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